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てすと

楽しそうにしてるカップルもこんなもん【短編小説】

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灰色の薄い雲が、空をムラなく覆っていた。雨が降るかも、と思ったけど、思い切って傘は置いていくことにした。

 

光沢のある黒のデッキシューズと緩めのジーンズ、黒の七分袖のシャツという服装は、昨日からなんとなく決めていた。

 

長い間付き合っているカップルから漂う緩さ、そんな肩の力を抜いた服装でありたかった。

 

いつもより丁寧に身支度を終え、最後に赤の口紅だけ塗り直す。

 

 

「ここのカフェで待ってるね」と彼はメッセージの後に地図アプリに赤いピンが示されたリンクを送ってきて、何度か待ち合わせをしたことがあるカフェだから、そんなわざわざご丁寧に、という感じであったのだけれど、ありがとう、と私は小さなウサギの絵文字を添えて返信した。

 

 

駅の前の商店街を抜けると突き当たる道路沿いにあるカフェで、彼は1人待っていた。

 

目が合い、小さくお辞儀すると、彼は笑顔で小さく手を振った。

 

 

「お久しぶりです、今日は急にごめんね。」私がそう云うと、彼は少し困ったように「久しぶりだねリナちゃん、そんなに緊張感しないでよ、今日はよろしく」と云って右手を差し出し、優しく目を大きく開いた。

 

私はアッとなりながらも、彼の右手を握り、その手がすごく暖かいのに胸が熱くなった。

 

久しぶりに会う彼は、流行りの服を着て、丁寧に髪を整えていた。

 

肌の白い優しい顔は、私の好きな感じでは無かったけれど、彼の写真を見た友人の多くは、いいなぁという顔をする。

 

確かに、彼から漂うオーラは、このオシャレなカフェに誰よりも馴染んでいるようにも思えた。

 

並んで座ろうよ、と彼は私を隣に座らせ、同じパスタのランチセットを注文した。

「リナちゃん最近連絡無いから寂しかったなぁ」

「ごめんなさい、なかなか仕事が忙しくて」

「そんなんだ、もう嫌われちゃったのかと思った。」

「そんなことないです、今日楽しみにしてたの。」

 

彼は相変わらず優しくて、話しやすかった。

 

仕事のこと、友達のこと、旅行のこと、私の話を丁寧に聞きいてくれた。

 

以前聞いたなぁその話、というのがいくつかあったけど、彼の色んな経験も話してくれた。

ランチセットがテーブルに運ばれて、彼は写真を撮ろうとギュッと私に寄る。

 

料理と2人が映った写真は、彼が写真アプリで撮ったフィルターがかかったもの。いい感じだね、と頷きあった。

 

桜を見に行きたい、と私が提案すると、いいね、と彼は私をエスコートするように店を出て、有名な桜スポットがあると言って近くの公園に連れて行ってくれた。

 

天気がもう少し良かったらなぁ、と曇り空に機嫌を損ねそうになったけど、少し冷たい春の風が肺いっぱいに充満して、彼の優しい右手の暖かさがあって、幸せだなぁと体がすごくリラックスしていた。

 

 

 

湖がある、と彼が云ったのは、公園にある人工のため池のことで、その湖のようなため池の周りを、桜の木が等間隔に並んでいた。

 

平日だというのに花見をする人たちが結構いて、綺麗に咲いた桜の下にはどこも花見が始まっており、満開では無いけれど、人気が少ない芝生が広がった桜の木の下には2人で座る。

 

花見なんて久しぶり、私は芝生の上に豪快に横になった。

 

膝枕してほしいな、久しぶりに会う彼にも慣れてきたのか、思いもよらない言葉が自分の口から飛び出して、彼はニヤリと笑いながら「甘えん坊」と云いながら、スッと軽く私の上半身を持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。

 

桜綺麗だね、と云いながら写真を撮ったりしながら、私たちは取り止めのない会話をして時間を過ごした。

 

ここ最近、ずっと仕事が忙しくて、週に一度取れる休みは、睡眠不足を解消するようにずっと眠りについていた。

昨日彼に急に会いたくなって連絡すると、3時までなら、とランチをすることに決まったときはウキウキした。

 


そろそろ行こうかな、と彼はスマートフォンで時間を確認し、うん、と云って一緒に駅まで歩いた。

 

彼は、時間が取れなかったことを申し訳なさそうに「またら今度いっぱい時間とるから」と云ったけど、私よりもずっと忙しい彼と、こんな風に過ごせるのもまたずっと先だと分かっていた。そんな私の思いに気づいたのか、彼は私にギュッと近づいて私たちはキスをした。

 

彼は、優しく笑って、また連絡してねと云って帰っていった。

 

 

 

 

 


帰りの電車、彼の感触が残る自分の唇にそっと触れた、指についた口紅は、真っ赤な桜の花びらみたいに見えた。

 

スマートフォンを出して、さっき撮ったばかりの写真を見返す、カフェでの写真、公園での写真が30枚ほど保存されている。

 

2人分のランチセットが映った写真と、自撮りする私の顔と、その後ろに桜を見上げる彼の後ろ姿が映った写真を選択し、インスタグラムに共有する、のボタンを押す。

 

[今日は久しぶりのデート。お互い忙しいから少ししか時間が取れなかったけらど満足満足]そうコメントを打ち込み、選んだ2枚の写真と共に投稿した。

 

メッセージを開き、彼に「今日はありがとう、インスタグラム投稿したから見といてね」と送った。彼は1分も経たないうちに「短い時間だったけど、楽しかったよ。また会おう。」返信してくれた。

 

 

なんだか一仕事を終えたような気持ちになって、電車を見渡した。殆どの人が一人で、平日だから仕事なのかぁと色々と考えた。

 


赤いハートマークに紙飛行機のイラストが書かれたアイコンからメッセージが来た。

 

【キュートナイン】と呼ばれる会社は、今別れたばかりの彼が所属する会社だ。

 

 

メッセージを開く。

 

 

 

 


本日はキュートナインのご利用ありがとうございました。以下、本日の利用料金になりますので、ご確認ください。間違いなければこちらのメールに返信は不要です。またのご利用お待ちしております。

 


日時:4月10日(火)11:00-2:00

レンタル彼氏三時間パック

 


 基本料金:6500円

オプション

SNS用写真撮影(顔なし):5000

膝枕:5000

キス:8000

 

合計代金:24500円